別ブログもやっております! 50年間の役目を終えた「長岡市厚生会館」! その静かなる有終の日々…
「MOANIN' 長岡市厚生会館」

Wednesday, July 25, 2007

Nara, Kyoto, Osaka and Tokyo

 ごぶさたしておりました。
 中越沖地震がありましたが、幸いなことに私の地域には影響がありませんでした。
 被災地域の復興をかげながら支援していこうと思います。

●7月14日(土)
 連休は関西に旅行に行った。夜行の 「急行きたぐに」 に初めて乗った。

 奈良駅から、台風ざんざん振りの雨の中、東大寺まで歩いた。
 奈良市はおおらかで、不思議な街だった。三笠山は異様な存在感だし、鹿が道路まではみだしてくる。鹿の足はどうやら豚足と同じ4本指みたいだ。


 東大寺南大門、混乱する私のスケール感、貫は細いのか?太いのか?


 大仏殿までの軸線は強力だった。広島平和公園を思い出した。大仏殿は混んできたのでパスして(後でちょっと後悔)、戒壇堂へ向かう。客は他に誰もいなかった。空間構成は単純だけど、戒律の場としての雰囲気に打たれた。戒壇堂の土塀に白線が五本入っているのは、もともと国の機関だった証だ、と教えてもらった。
 東大寺は広い。二月堂まで歩いた。二月堂は地形に寄り添っていた。


 東大寺を出た後は、新薬師寺まで歩いた。とてもいい建築と仏像だったけど、説明ビデオの音が少々耳障りなのが残念だった。


 夜行電車で疲れてしまった。今日は奈良はここまで。大阪に行って宿にチェックインした。
 大阪で必ず寄る場所、竹原義二さんが若い頃に設計した銭湯 「延命湯」、そして自由軒。



●7月15日(日)
 茨木春日丘教会のミサに出席してきた。


 牧師さんの椅子の、背の高さがRC目地とピタリと揃っていた。ここまでやっているんだなあ・・・
 ここに来るのは2回目で、前回来た時は意識しなかったが、家具がよくできていた。家具の完成度が空間の緊張感をいや増していると感じた。


 その後は京都へ。「角屋もてなしの文化美術館」 へ行く。ニ階のお座敷 「扇の間」 と庭のお茶室 「曲木亭」 が私にとって刺激的だった。


 祇園祭りの期間中だということを知らずに来てしまった。京都はすごい人出だった。夜は四条に行き、祭りの人出に逆らって映画館に入り、「スケッチ・オブ・フランク・ゲーリー」 を見た。



●7月16日(月・祝)
 「智恩寺手づくり市」 を覗いた後、京都を出て奈良に向かい、法隆寺に初めて行った。素晴らしい。


 「綱封蔵」 は宝物の収蔵庫で、架構骨組みだけの部分を内包している。
 私はなぜかやっぱりこういうのに魅かれてしまう。


 友人や親からの連絡で、中越沖地震が発生したことを知った。とりあえず予定通り大阪駅へ向かったが、北陸まわりのダイヤは乱れに乱れてしまっているようだ。
 情報が欲しくて歩き回った。私は大阪が好きだけど、ここでは地震は遠い土地の話で、このときばかりは関西弁に囲まれて孤独を感じてしまった。新聞の号外を持っていたおじさんに声をかけて、もらって読んだ。地元のテレビ局に呼び止められて、「長岡から遊びに来ていた人」 としてインタビューを受けた。余震もあるだろうし、大阪でもう一泊して様子を見ることに決めた。

●7月17日(火)
 事務所に連絡して休みを取った。上越新幹線ルートで帰ることにした。地震は心配だけど、幸い長岡の私の地域は大きな被害は出ていないようだ。
 帰りが一日が延びてしまったが、転んでもただでは起きないことにした。千日前の道具屋筋でたこ焼きの鍋を買った。新大阪駅から新幹線に乗り東京に着いてからは、乃木坂のギャラ間まで行き、アルヴァロ・シザ展を見た。
 上越新幹線で無事に長岡に着くことができた。アパートの部屋に戻ってみると、たいへんありがたいことに物が少し倒れた程度で、コップひとつ割れていなかった。
↓おみやげ類


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I went to Nara, Kyoto, Osaka on last consecutive holidays, just before The Tyuetsu-oki Earthquake had happened.
I'm a little tired of modern and contemporary architecture in recent days.
The ancient temples in Nara were very good teachers for me.


...Modinha...

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