別ブログもやっております! 50年間の役目を終えた「長岡市厚生会館」! その静かなる有終の日々…
「MOANIN' 長岡市厚生会館」

Friday, May 16, 2008

The trip on a rainy day is sometimes fruitful.

 世間知らずで力不足でつまづく日々だが、こたえるのは、自分がどういう住空間を設計したいのか・設計できるのか、まだ把握できていないこと。
 そのヒントになればと思って、三重県伊賀市の 『ギャラリーやまほん』 を訪ねてきた。

●5月10日(土)
 金曜の夜行電車で長岡駅を出発して、伊賀上野駅に土曜の朝に着いた。駅からバスに乗り山道を登り、終点の 「諏訪」 からさらに 「丸柱」 まで3kmほど歩いて、『やまほん』 に着いた。ずっと雨だった。


 『やまほん』 も勉強になったが、諏訪から丸柱まで歩いた道々の、伊賀のふつうの民家や、雨にぬれた森の木の葉や風景から、たくさんのインスピレーションを得た。





●5月11日(日)
 当尾の岩船寺と浄瑠璃寺を訪ねた。



 浄瑠璃寺の九体阿弥陀像の前に貼り紙があって、「目を閉じて合掌して祈り、そして目を開けて見たときの仏様のお姿が、一番お美しいです」 というようなことが書いてあり、その通りにしたら、本当にその通りだった。


 本の写真で見る仏像は正面からライトが当てられて明瞭だが、実物を御堂の暗がりで見ると、得られるものがまるで違った。
 正座して鐘を鳴らし、鐘の音がつづくあいだ無心で手を合わせ、そして目を開けて仏像を仰ぎ見る…そのようにして見た暗がりの中の仏像…岩船寺の阿弥陀如来のふくよかさ、浄瑠璃寺の九体阿弥陀像の黄金のかがやき、吉祥天の優雅に流れる衣、不動明王の眼の光…そうしたものは忘れられない。


 浄瑠璃寺本堂はたいへんモダンだった。
 桁行き片面の壁はまったくの無窓で、堂の中に入るには、無窓側の縁側をえんえん歩いて反対妻面の入り口まで行かなければならない。引戸を開け中に入ると、もう一方の桁行き壁は全面が紙貼り障子で、壁一面が透過光により柔らかく光っている。
 たいへん明快で効果的なアプローチと光の計画だった。九体阿弥陀像の中央、一番大きな本尊のところだけ、像に合せて天井が高くなっていた。


 岩船寺から浄瑠璃寺までは、「当尾の石仏めぐり」 というパンフレットを片手に、野の石仏を見つけながら歩いた。
 すれ違う人もあまりいない山道を、石仏から次の石仏へと、景色を眺めたり空気を吸ったり、軽く道に迷ったりしながら歩いた。「もうそろそろ石仏があってもいいんだけど…」 と不安になりかけた頃に案内看板が見つかり、巨石の表面に浮き彫りされた石仏と対峙する…それを繰り返した。
 そうして見つけた 『一願不動』 からは、特に大きなちからをもらった。


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I went to Iga, Mie and Tohno, Kyoto. At Tohno I visited ancient temples and encountered spirituality of Buddhist statues.

Those statues gave me some pardon.
I had felt keenly that I had only a poor skill on communicating other persons or openig my mind to them, but recently I feel that I have made a little progress of that skill. The causes are the experience at my occupation, getting new friends and so on. Perhaps the pardon I felt in front of Buddhist statues at Tohno is also one of the causes.


...Modinha...

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