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「MOANIN' 長岡市厚生会館」

Thursday, January 22, 2009

昭和20年代・30年代の近代主義建築について

 先のシンポジウム 『長岡の近代建築を考える』 の、パネルディスカッションの内容をまとめて、ブログに載せましたが、当日のメモをもとにまとめた 「初期版」 と、動画記録をもとに正確にまとめた 「修正版」 では、以下のような違いがありました。


■西暦と元号を正しく把握していないところがありました。
 『長岡~』 のパネルディスカッションは 「昭和20年代・30年代」 の建築について議論していました。そしてその中で話題に上った、大阪・船場の建築シンポジウムは、同じ20・30でも、正しくは 「1920年代・30年代」 の建築を対象としていました。
 当日の話の中では、一律に 「20年代・30年代」 と表現されていた部分があったので、聞いていて混同するところがありました。
 年号どうしの関係について、私自身よくつかめていなかったところがあったので、整理してみました。

(↑クリックで大きなファイルが開きます)

 つまり、あらためて述べると、 『長岡~』 で話題になっていたのは、「昭和20年代・30年代=1950年代前後」 の建築 ということです。


■正しく記録を取って、あらためて私の印象に残ったのは、石本事務所顧問・永原昌平さんの発言内容でした。
 私は当日、永原さんの実務経験に則されたお話の印象が強かったのですが、それはやはり 「歴史家とは対照的である」 という、私の先入観からのものでした。
 内容を正しく拝聴してみると、永原さんのご発言のバックグラウンドには、相当に深い思慮があるように感じました。特に、「新しいシティホールは、『長岡城があった立地』 という、元々の土地の文脈を受け継ぐものである」 という視点は、慧眼であると思いました。


■大阪・船場に残っているという、1920年代・30年代のプレモダンな建物について、私が以前に大阪に行ったとき、該当するであろう建物を訪ねていましたので、写真を載せます。(2004年の夏に撮影)

 これは船場エリアからは少し離れた場所にありましたが、1920年代の建物をリノベーションしたものと思われます。(場所は、天神橋筋の一丁目あたりだったかと…)
 たしか、中にはギャラリーやショップが入っていました。スクラッチタイルやアーチが印象的でした。
 船場シンポジウムの対象だったのは、このような建物ではないか、と私は理解しています。



■最近の私の関心の対象となってきた、主な建物などを年表上にプロットしてみました。




■「近代建築」と表現されたもの、そしてその他いろいろのもの同士の関係を、まとめてみました。(まだ練れていない面がありますが…)

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